当社の前身である阪神高速道路公団(以下、公団・会社含め当社といいます)が港大橋建設に向けて検討を開始したのは1969年でした。当社にとって初めての長大橋建設。手探りの中、急ピッチで調査・研究を開始。これが斜張橋の夢バトンものがたりのスタート地点でした。
当社では大和川橋梁、天保山大橋、東神戸大橋、新猪名川大橋と様々な斜張橋を建設してきました。私たち技術者はその過程の中で橋ごとに新しい技術にチャレンジし、橋梁技術の向上・進化を脈々と図り、日本の橋梁技術の発展に貢献してきました。
技術者としての想いを込め、まちのシンボルとなるような美しい橋を実現してきました。ここでは、当社の夢としてつないできた斜張橋のものがたりを紹介します。


- 構造・デザイン・色彩は現時点の計画であり、今後変更される可能性があります。
橋梁設計では橋梁形式を最初に検討します。建設地点にはどのような橋梁が最も適しているのか。最大支間長510mの港大橋は、「港大橋の概要/港大橋の建設時の技術」に示したように、ゲルバートラス橋、アーチ橋、斜張橋、吊橋が比較検討され、ゲルバートラス橋を選定。この際、実は斜張橋案は最終案まで残り、精力的に検討されていました。
一般に橋の技術的な難易度は、橋脚や主塔などの間をひとまたぎする距離(支間長)が長ければ長いほど高くなります。当時、世界最大の斜張橋は、西ドイツのKnie橋(最大支間長319m)。港大橋の斜張橋案はそれを大きく上回るチャレンジでした。しかし、早期着工が求められているなか、未知の課題を解決するには多くの時間を要するため、斜張橋案(図-1)を断念せざるを得ませんでした。

港大橋完成の前年にあたる1973年、技術上の課題により断念した斜張橋へ挑戦する機運が高まります。今後建設が想定される大阪湾岸道路(のちの阪神高速湾岸線)での実現を夢見て、安治川橋梁(のちの天保山大橋)をターゲットに調査研究を開始。目標とした最大支間長は340m。当時国内では末広大橋(最大支間長250m)が建設中、世界では西ドイツのDuisburg-Neuenkamp橋(最大支間長350m)が完成しており、世界レベルの規模への挑戦でした。
吊橋や斜張橋などケーブルで吊り下げた構造の橋は、振動しやすい特徴があります。支間長が長くなればなるほど、振動しやすくなるため、長大な斜張橋の実現には、風による振動問題を解決することが特に必要不可欠でした。そこで、斜張橋構造の基礎的な研究に加え、風による振動問題を克服するための研究開発に着手しました。多くの風洞実験(図-2)などを経て、扁平六角形の主桁形状の先端にスプリッタープレート(図-3)を設けることにより振動問題を克服し、世界レベルの斜張橋実現に向けて大きく前進しました。

そこで、斜張橋構造の基礎的な研究に加え、風による振動が問題とならないような主桁形状の研究に着手しました。多くの風洞実験(図-2)などを経て、扁平六角形の主桁形状の先端にスプリッタープレート(図-3)を設けると耐風安定性に優れることを発見し、世界レベルの斜張橋実現に向けて大きく前進しました。
