知られざる阪神高速の技術の数々を紹介する「技術のチカラ」。土木インフラを管理する阪神高速において、お伝えする機会の少ない施設系技術者の仕事について語ってもらうべく、「電気・電子・通信系」「機械系」「建築系」の施設系3職種で10年以上のキャリアを持つ中堅社員から、これまで歩んできたキャリアや仕事内容、醍醐味等について話を聞いた。阪神高速を支える施設系技術者のチカラとは。高速道路という事業フィールドの中でイメージしづらい、施設系技術者の知られざる本当の姿を探ってみよう。
保全交通部 システム技術課 主任
2010年入社
建設事業本部 建設企画部 施設課 主任
2007年入社
保全交通部 施設管理課 主任
2006年入社
技術部 技術企画課 主任
2010年入社
本日は、お集まりいただきありがとうございます。コーディネーター役を務める技術部技術企画課の長澤です。よろしくお願いします。では、はじめに自己紹介を兼ねて、学生時代の専攻や研究内容、阪神高速の会社を志望したきっかけをお聞かせください。
大学では情報系の専攻で画像処理を研究していましたが、社会の役に立つ仕事がしたいという思いから、インフラ系企業を中心に会社訪問し、阪神高速道路に入社を決めました。理由は、会社の社風が自分に合っていると感じたから。先輩の社員の方からお話を伺う中で、とてもアットホームな社風を感じたからです。
大学では機械工学を専攻し、卒業研究ではマグネシウム合金の腐食がテーマでした。高速道路とはまったく関係ありませんが(笑)。当時は阪神高速道路が民営化されたばかり(※2005年10月民営化)で、さまざまな新事業がスタートし、これから大きな変化が起きそうな予感がして、そこに自分も関わりたいと思い入社を決めました。
就職活動の頃、道路公団民営化に関する報道や新聞記事が多くあり、民営化をきっかけで高速道路に興味を持ちました。また大学でRC構造物の構造解析を研究し、RC造の大きな構造物に興味を持っていましたし、地元が大阪で、子どもの頃から阪神高速に親しみを持っていたことも理由のひとつです。
情報系専攻の井奈波さんと機械系専攻の畑本さんは、大学での専門が高速道路とはあまり接点のない分野ですが、メーカーや研究職ではなくインフラ業界に進むことに迷いや不安はなかったですか?
大学に入った頃は、「道路」と名のつく会社に就職するとは思ってもみなかったですね(笑)。ただ授業で交通管制システムやETCシステムの技術に触れる機会があって、インフラ系の企業でも電気通信やシステムの技術を生かす場があることは知っていましたし、専門の画像処理を追求するよりも、多くの人と接しながら大規模な事業を手がけてみたい気持ちもありました。だから特に違和感はなかったですね。
私の場合は、卒業研究を進める中で、ひとつの技術を深く掘り下げる研究の仕事が自分に向いていないと感じるようになり、むしろ幅広い仕事ができる方が自分に合っていそうな気がしました。
高井さんは建築系の専攻出身ですが、建築系はハウスメーカーや設計事務所に就職する人が多いのでは?
確かに同級生の多くが、ハウスメーカーやゼネコンを志望しました。ただ私自身に、迷いはまったくありませんでした。特定の個人や企業のニーズにこたえる仕事よりも、もっと広く社会全体の役に立つ仕事がしたいという思いの方が強かったからです。
入社後のキャリアについても、伺っておきたいと思います。入社してから10年あまり、これまでどのような仕事に携わって来られたのでしょうか。
最初の配属は既存路線の電気・通信設備を維持管理する部署で、4年あまり設計や工事監督の仕事に携わりました。その後本社に異動し、(技術部門全般の)企画や知的財産のとりまとめ等を行う仕事に2年ほど携わった後、今度は新規路線の電気・通信設備を新たにつくる部署に移り、設計と工事監督を担当しました。1年ほど前から再び本社に戻って、今は設備保全の企画や技術開発などの仕事をしています。
配属こそ違いますが、私も2~3年周期でジョブローテーションしながら、機械設備の建設と維持管理に関する設計業務、工事監督業務をひと通り経験しました。途中、積算基準や共通仕様書の策定など、企画の仕事に3年ほど携わった点も同じですね。
畑本さんはこれまでに、全部でいくつの部署を経験されたのですか?
グループ会社への出向も含めると7部署です。10年あまりで技術系業務を一周してきた感じですね。経験がないといえば、神戸で一度も働いたことがないということくらいでしょうか(笑)。
とても幅広い仕事を経験されて来られたんですね。では高井さん、お願いします。
私の場合は、最初の配属が換気所や料金所の設計業務や工事の発注を設計事務所や建設会社に行う部署でした。その後、神戸と大阪で既存施設の改修工事など維持管理の仕事を手がけ、再び建設工事の部署に戻って工事発注や監督業務を担当し、淀川左岸線1期の工事にも携わりました。
淀川左岸線の工事は、私も覚えています。高井さんが工事発注を終えて現場事務所に異動してこられた時、私は入社1年目の新人。机を並べて一緒に仕事をしたのを覚えています。その節はお世話になりました(笑)。
淀川左岸線の仕事が一段落した後は、再び維持管理の仕事に戻り、パーキングエリアの大規模改修や通行止工事の発注で設計コンサルとの調整、設計業務を担当し、昨年からは本社で企画調整と積算基準の策定などの業務にあたっています。キャリアの半分が維持管理部門で、残りの半分が新規の施設建設と本社の企画。そんな15年でした。
ジョブローテーションでご自身の希望は、どの程度反映されましたか。
私の場合、建設の現場で設備やシステムをつくる仕事がしたいという希望が実現したのは入社10年目でした。現場仕事は想像以上にやりがいのある仕事でしたが、業務がとても幅広く、経験がものを言います。入社してすぐの知識も経験もない頃だったら、きっと使いものにならなくて、逆に挫折していたかもしれません(笑)。
井奈波 剛史(電気・電子・通信系)
設備の検討をする際、関係する設計基準の内容・工事の際の施工性・供用してからの維持管理性など、設備を計画して作っていく仕事は、建設・維持管理両方のさまざまな業務を経験し、幅広い経験を積まないと務まらないと感じています。会社としても、技術系社員全員が建設から維持管理まで幅広く業務をこなせる人材の育成を方針に掲げているので、私自身は積極的に希望を表明することはしませんでした。
私はもともと異分野の仕事をいろいろ経験してみたいと考えていたので、ローテーションはむしろ希望通りでした。設計や工事発注、工事監督など、バランスよく経験できたと思っています。環境対策や事業開発の部署では、事務系社員と机をならべて仕事をする機会もありましたし、建築以外の視点に立って阪神高速の仕事を経験することで視野が広がり、とても良い経験をさせてもらったと思っています。
みなさんのキャリアをたどると、十数年でほんとうに多くの経験を積まれたことが分かります。ひとつの部署に長く留まるのではなく、ジョブローテーションによって幅広い知識と経験を積み、高速道路上に設置される設備はもちろん、高速道路と切り離すことのできない施設やその中に設置される各種設備の企画、設計、工事等の全体調整にあたるゼネラリスト人材を育成する会社の基本方針が、そこに現れています。