ナイロビは、赤道直下にありながら、標高が1600mと高いため、気候は比較的温暖で過ごしやすい。そんな中、家族を帯同して現地に赴いた岡本は、公私ともに充実した時間を送る。赴任から早くも2年近くが過ぎ、帰国の日も近づいてきた。気持ちの中では名残惜しさも募る毎日だ。
不便に感じたことは、思ったよりもなかったですね。ケニアには家族も同伴したのですが、子どもは現地にある日本人学校に通い、妻は友人たちと様々な活動を行い、毎日楽しそうに生活しています。またケニアでもインターネットが発達し、日本にいる仲間ともコミュニケーションを図れます。地方に足を伸ばさない限りは不便に感じることもありません。
仕事が定時で終わることですね(笑)。
5時になるとケニア人スタッフはアッという間にいなくなるし、私たちもさっさと仕事を終わらせて家路につきます。土日はもちろん休みなので、プライベートな時間を多く取れて、家族と一緒に過ごす時間が日本にいるときより増えました。日本では「ワークライフバランス」がしきりに言われていますが、その点ではこの上ない環境で仕事ができた2年でした。
オフの様子
チーフアドバイザとしての私の任期は2018年12月。プロジェクトの最後の1年間は後任にバトンタッチしますが、それまでの期間は1分1秒もムダにすることなく、全力投球したいと思っています。目標は、例えば道路に損傷が起きた時、単純にそれを直して原状回復させるのではなく、「なぜ、損傷が起きたのか」、「どうすれば防げるのか」まで掘り下げて自分自身の考えを深めていけるスタッフを一人でも多く育成すること。それによって持続的な道路維持管理体制の構築というプロジェクトの最終目的も達成できると確信しています。
当社は、このプロジェクト以外にも、ケニア随一の物流拠点であるモンバサ港周辺の道路整備をサポートするプロジェクトにも参画し、コンサルティング業務を手がけています。東南アジア以外の国で、相手国から直接業務を受注するのは初めてです。当社の将来を描く「阪神高速グループビジョン2030」では、今後海外事業に力を入れていくことが主要な目標のひとつに掲げられています。海外で活躍するチャンスは、これからさらに広がっていくことを、ぜひ知っておいてほしいと思います。
英語を話せたからといって、それですぐに海外で仕事ができるとはかぎりません。大切なのはコンテンツ。「何を話すか」であって、私のようなエンジニアでいえば、それは専門の技術知識でありスキルです。いつか自分も海外で活躍したいと考える人は、会社に入ってからまず目の前の仕事に全力投球し、幅広い知識と経験を積むように心がけてほしい。いつかチャンスが巡ってきた時に、それがきっと自分を助けてくれるはずです。
いきなり海外赴任というと荷が重いかもしれませんが、当社では若手を1~2週間ほど海外に派遣する制度もあるので、手始めに研修で海外に出て、それから本格的な海外赴任をめざすという手もあります。日本人はシャイな一面があって、ついつい同じ場所にとどまってしまいがちですが、私が海外赴任で痛感したことは、先ほどもいった通り、「そこに行ってみないと分からないことがある」ということです。常に前のめりの姿勢を忘れずにいれば、たくさんの新たな発見と巡り会えるに違いありません。