道路トンネルは、外界と遮断されたクローズドな空間だけに、ひとたび火災が起きれば、人命にかかわる大惨事につながる危険性が潜んでいる。交通量の多い高速道路はなおさらだ。対策として、阪神高速はトンネル防災の強化にむけた技術開発に力を注いでいる。その最新成果が、「炎強調システム」と「WDR(Wide Dynamic Range)カメラ」だ。2つのシステムは、それぞれどのような特徴を備えているのか、技術開発と設置・導入ではどんな困難があり、それをどう乗り越えていったのか。プロジェクトに携わった2人に、話を聞いた。
トンネル防災カメラは、トンネル内部で火災が発生した時、交通管制センターのモニター画面に火災の状況を映し出す装置です。炎強調システムは、トンネル防災カメラにこの度新しく導入したシステムで、従来と比較して、炎を文字通り「強調」して、画面に映し出すことができます。これまでのトンネル防災カメラでは、炎を鮮明にとらえることが難しく、仮に炎を鮮明に映し出すためには、モノクロ撮影にする必要がありました。
それに対して炎強調システムは、カラー映像でありながら炎を鮮明に映し出せるのが最大の特徴で、技術的な課題をクリアして開発されました。
ビデオカメラのような映像機器で炎をカラー撮影するのは、実はとても難しいんです。一般のビデオカメラは、映像が赤みを帯びるのを防ぐため、人間の目には見えない近赤外領域の光(波長650〜2500nm)を遮断するフィルターを使用していますが、炎が放つ光にはこの近赤外領域の波長の光が多く含まれているので、映像にはあまり映りません。
光の波長成分とカラー撮影フィルター
太陽光や照明の光は、4原色(赤・黄・緑・青)の成分比が図のように異なる。特に近赤外領域は赤・黄の成分比が高く、カメラで近赤外領域の光を取り込むと、全体に赤みがかかって見える。そのため従来の防災カメラでは、フィルターを使って近赤外領域の光を遮断している。
新規開発フィルター
赤の実線は、炎が放つ光の成分。色の再現性に大きく影響するのは、近赤外領域(波長650~2500nm)の中でも、とりわけ650〜880nmの波長の光。それを超える波長の光はほとんど影響がない。炎強調システムは、再現性に大きく影響する650~880nmの光だけを遮断し、影響がない領域(880~1000nm)の光は通過させる波長選択のフィルターを用いて、炎を強調して表示ができる。
炎強調システムは、通常は遮断しているその近赤外領域の光の中でも色の再現性に余り影響しない波長領域を明らかにし、その領域以外、つまり色の再現性に大きく影響している近赤外領域の波長の光だけを遮断する特殊なフィルターを新たに開発して、これをレンズに装着することで、燃える炎の姿を鮮明なカラー映像として映し出せるようにした防災カメラなんです。
フィルターは、カメラのレンズに取り付けたアタッチメントに収納し、それを交通管制センターの防災指令員が遠隔操作でレンズの前にかざしたり、外したり、ON/OFFの切り替えができる機構になっています。
通常撮影
炎強調撮影
新規開発カメラの炎協調撮影映像
通常の防災カメラと炎強調システムのカメラで撮影した炎の映像の比較。違いは歴然としている。通常の防災カメラは、色の再現性が低下するのを防ぐため、炎が出す光の波長を相当程度カットして撮影しているので、小さく映る。交通管制センターの防災指令員が気付かず、火災を目視するのが遅れてしまう可能性もある。
トンネル内部で万が一火災が発生した時、いちばん大切なことは、火災が燃え広がる前に早期発見し、消火活動を行うことです。そのためには炎が出ていることをいち早く発見することが何よりも大切で、炎強調システムは火災の早期発見に役立つと考えています。特に大和川線はトンネルが多く、安全対策の一環として防災カメラの機能向上は必須の課題でした。
トンネルの出入り口付近は、実は防災カメラの大きな弱点なんです。外の光が差し込むところと暗いままのところとのコントラスト(明暗差)が激しすぎて、アイリス(絞り)を明るい方に合わせると暗い場所が黒くつぶれ、逆に暗い方に合わせると外に近い場所がハレーション(白飛び)を起こし、カメラの映像をもとに渋滞や事故を検知する「画像処理システム」の誤検知につながってしまうからです。WDRは、そのハレーションを抑えて撮影できる機能を備えたカメラです。
坑口付近のハレーション
(伊丹トンネル)
伊丹トンネルの出入り口付近に設置されている防災カメラの映像。
トンネルの外部と内部の明るさの差が大きいため、ハレーション(白飛び)を起こしているのが分かる。ハレーションは、車両の渋滞や停止を自動的に検知する「画像処理システム」の誤検知の原因ともなりかねず、今まではシステムの検知対象から外していた。
映像の最小単位である1フレームの中で、シャッタースピードの異なる複数枚の画像を何枚も撮影し、コンピュータで合成することでコントラストの差を均等化した画像を自動的につくり出します。スマートフォンをお持ちなら、搭載されているカメラに「HDR」という機能があるのをご存知だと思いますが、原理は同じです。
WDR機能
WDRは、撮影が可能な照度の範囲が広いことを指す。
シャッタースピードによって明るさの違う画像を何枚か同時に撮影し、コントラストを均等化した1枚の画像をつくる。
業務用のWDRカメラはすでに実用化され、いくつかのメーカーから製品がリリースされています。技術革新によって、ここ数年、その性能も著しく向上しています。しかし実際に高速道路のトンネルの防災カメラとして使われたという話は、ほとんど耳にしません。今回私たちは、トンネルの出入口付近という極めて特殊な環境条件の場所にWDRカメラを設置して運用するにあたり、WDRカメラにどのような性能が求められるのかを設計検討や実験によって割り出し、要件にマッチする製品を選定するとともに、トンネル付近のどの位置に設置すれば現場の状況をうまくモニター上に再現できるかなど、実用に供するためのさまざまな検証を行う必要がありました。そして、大和川第1トンネルで初めて採用することができました。
ハレーションが起きてしまう従来の防災カメラは、渋滞や事故を自動検知する「画像処理システム」の誤検知にもつながりやすいため、トンネルの出入口より内側数十メートルの地点まではカメラの検知対象から除外していました。それがWDRカメラの導入で、トンネルの出入口まで検知対象が広がったので、より安全性が高まったことは間違いないと思います。
炎強調システムとWDRシステムは、平成29年1月28日に供用開始された「阪神高速6号大和川線三宝~鉄砲」で、実際の運用が始まった。次ページ以降では、2つのシステムの開発の経緯、困難に立ち向かった2人の取り組みについて紹介する。