システム構築の基本方針を考える上で、平野敏彦がまず取り組んだのは、国土交通省や高速道路各社も含めた公共工事発注機関の動向調査だった。
工事現場の業務革新、生産性向上は業界全体の共通課題であり、それぞれ独自の考え方で、独自の試みにチャレンジしている。それを徹底検証することで、自らの方針決定の判断材料にするためだ。
いろんなことが分かりました。例えば国交省は民間のASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)が提供する外部のクラウドサービスを活用し、利活用のガイドラインまで策定しているのに対して、高速道路会社は自主開発に挑み、本格導入に向けた実証テストをすでに開始しています。
そうした中、阪神高速道路としての強みを生かすシステムとは何か。さまざまな角度から、検討を重ねていきました。(平野敏彦)
平野敏彦は、独自開発を有力な選択肢として考えていた。
阪神高速道路は、グループ会社の協力も得ながら、過去に社内業務に特化した多様なシステムを開発運用した実績を持っている。特に「保全情報管理システム」は、過去から積上げた膨大なデータを維持管理業務に有効活用するという点で、他に一歩先んじてさえいる。将来、その「保全情報管理システム」との連携を視野に入れれば、経験とノウハウを活かせる独自開発が望ましいと考えたからだ。
社内には、異論もありました。仕様書が改訂され、新しいルールができた以上、外部サービスを活用する方が効率的だという意見もありました。
しかしながら長期的な視点で見た時、果たしてそうなのでしょうか。保全情報管理システム等の他システムとの連携を図り、他が追随できない高いレベルにまで到達するには、独自開発の道が最有力な選択肢であると確信していました。(平野敏彦)
独自開発の方針は上層部の承認も受け、プロジェクトはシステム構築作業の段階に入った。
実際の構築作業を進める上で、平野敏彦が最も重視したのは“使う側”の意見だ。「Hi-TeLus」を使って実際の業務にあたることになる受注者の意見だ。
隔月1回程度のペースで建設会社や舗装会社の実務者を集めた「意見交換ワーキング」を開催。現状の課題や要望、注意すべき点を率直に語ってもらった。
工事情報等共有システムに関して、他の高速道路会社は一歩も二歩も前を走っている。遅れをとっているとすれば、いかに早く、いかに強く立ち上げるかが成否を分ける。そう判断した平野敏彦は、何よりスピードを優先した。
「アジャイル開発(コラム参照)」とよばれる開発手法を用い、より多くの人が使うであろう機能を先行して開発。その後順次、新たな機能を追加開発しながらシステムを段階的に拡張するという手法をとった。
また幅広く社内の関係部署と意見調整しようとすると、本番稼働までに長い期間を要する。そこで社内調整は技術部と情報システム部門など一部の部署にとどめ、直属の上司の決裁だけでプロジェクトを動かしていった。
構築を進める上で、最大の難問は社内の情報システム部門の説得だった。Hi-TeLusは受注者が阪神高速の社内システムにログインして使うシステムで、過去に前例がない。「セキュリティを担保できない」という理由で、担当者はなかなか首をタテに振ろうとしなかった。
データ不正流出が世間を騒がせる中、「外部と接続するなどもってのほか」と、はじめはけんもほろろでした。Hi-TeLus構築の意義や最新の技術動向、役割ごとにサーバを設定するなどセキュリティ対策の具体的な方法を粘り強く説明する以外に方法はありません。“3歩進んで2歩下がる”どころか、3歩進んで4歩も5歩も下がるようなことも何度もありました(笑)。(平野敏彦)
調整が不調に終わり、途方に暮れたこともあった。だが途中で放り出すわけにはいかない。意を決して担当役員の部屋を訪ね、1対1の直談判におよんだこともある。
システムの必要性、他社の動向、最新のセキュリティ対策まで幅広い観点から説明をつくすことで、なんとか理解を得ることができました。
役員クラスともなると当然敷居は高いのですが、役職にかかわらず、いつでも気軽に相談できるオープンな社風は、阪神高速の良さに違いありません。(平野敏彦)
システムを効率的に開発する手法。すべての機能要件を一括して開発、導入する従来の「ウォーターフォール型開発」に対して、要件定義・設計・開発・テスト・リリースのプロセスを個々の機能ごとに繰り返すことでスピーディーにシステムを構築できる。
アジャイル(agile)は、「素早い」という意味。
システム構築にあたっては、グループ会社である「阪神高速技研」の力を借りた。「保全情報管理システム」をはじめ、阪神高速グループが運用するシステムの開発を多数手がけた実績をもつ技術コンサルティング会社だ。
外部のベンダーに依頼する選択肢もあったが、平野はプロジェクトがスタートしてまだ間もない頃から、「独自開発する時は、力を借りよう」と決めていた。それほど技術面では、全幅の信頼を寄せていた。
他社のマネをしたり、同じものでは独自開発をしてつくる意味がないため、一人では解決できない問題があれば相談し、一緒に考えてもらったり、他の社内システムと連携する場合、運用面でアドバイスや意見をもらったり、文字通りパートナーとして動いていただきました。
頼りになる"助っ人"が身近にいるので技術面での不安はなかったし、システムを早期に立ち上げることができたのは、技研の力によるところが大きかったと思っています。(平野敏彦)
システム構築に要した期間は半年余り。
2019年1月には、Hi-TeLusのプロトタイプが完成。社外の受注者が接続し、利用できる環境を構築した上で、実際の工事で利用してパフォーマンスを検証する試行導入(実証テスト)が始まった。