阪神高速道路の社内で、後に「Hi-TeLus」と名付けられるシステムが本格的に検討され始めたのは、2018年の初頭。新年度がスタートした4月には「働き方を変えて新たな挑戦へ」とのグループスローガンが打ち出され、プロジェクトはさらに加速度を増していく。
当時は、将来の人口減少社会を見据え、一億総活躍社会の実現をめざす「働き方改革」が政府方針として掲げられて間もない頃。建設業を所管する国土交通省からは抜本的な業務改革による生産性向上に向けて「i-construction」施策(コラム参照)が打ち出され、3K職場の代表のように揶揄されることが多かった建設業界にも、大きな変化の波が押し寄せていた。
そうした中、阪神高速道路として何ができるかを考えた時、優先課題のひとつとして挙げられたのが紙文化からの脱却をめざした工事情報等共有システムの構築でした。 多種多様で大量の紙の書類を電子化することで削減し、3K職場の改善につなげることは長年の懸案事項であり、建設分野の事業者に共通の課題。でも長年の慣行を打ち破るのは、たやすいことではなく、長い間積み残されたままになっていました。それを一気に問題解決するために、グループスローガンでは「次世代情報共有システムの検討と導入促進」が明記されました。(平野敏彦)
測量から設計、施工、検査、維持管理にいたるすべての事業プロセスにICTを全面的に導入・活用することで建設生産システム全体の生産性向上をはかり、魅力ある工事現場づくりをめざす国土交通省の取り組み。①ICTの全面的な活用(ICT土木)②規格の標準化(コンクリート工)③施工時期の平準化の3つを「トップランナー施策」とし、2016年度から本格的に推進している。
平野敏彦は土木工学が専門で、ITとは直接縁がない。そんな平野が、膨大な量の書類をオンラインで処理する情報システムの必要性を最初に痛感したのは、実は「Hi-TeLus」プロジェクトが本格始動する2年前。建設会社に土木構造物を工事発注する際の基準を示す「土木工事共通仕様書」を、8年ぶりに改訂する業務に携わっていた時だった。
私はプロジェクトの事務局として7つの分科会を束ね、全体の取りまとめにあたっていました。その時、あらためて仕様書を見直して、1500ページという圧倒的な分量に驚きました。
工事の具体的内容確認や安全管理の観点から建築業法にも"書面主義"が規定され、すべての手続きにおいて紙の書類が使われていることは百も承知していますが、書類が多ければ承認印を押すだけでも大変な手間がかかります。ましてや書類をつくり、発注者に提出しなければならない工事会社の負担は計り知れません。本当にこれだけの枚数の書類が必要なのか、ムダを排除する方法はないのかという議論が当然の様に起こり、上層部の審議委員会でも「紙の書類をなくせないか」という声があがったほどでした。
将来的に電子化が避けて通れないテーマであることは、明らかでした。(平野敏彦)
2年間にわたる改訂作業が終わり、2017年4月に新たな仕様書がリリースされた。システム化の議論は先へは進まず、紙の書類は残されたままだったが、改訂された仕様書には、社会情勢の変化を反映して随所に新たな規定が設けられた。
書面を使う以外の方法として「情報通信の技術を利用する方法」が明記されたことも、そのひとつ。これによって例えば建設会社が最新機材を駆使して収集・記録した施工データのWordファイルやExcelファイルを、最終的な書類提出までの添付資料として使用することも認められた。
工事発注の基本ルールである仕様書が最新のものに改訂されたことによって、「次は、書類の作成ややりとりなどの“手段”を電子化しよう」という方向性が明確になりました。経営幹部が集まる審議会の場でも、「改訂後にはシステム化を検討したい」という私の意見が了承されました。(平野敏彦)
Hi-TeLus構築に向けた議論が本格化するのは2018年。だが議論は何もないところから、ある日突然始まったわけではない。
平野敏彦をはじめとする仕様書改訂プロジェクトのメンバーが目の前の課題に問題意識を持ち、将来を見据えて議論を尽くしていたからこそ、全社方針が示されると一気に走り出せる準備ができていた。仕様書改訂は、Hi-TeLus誕生に向けてクリアしなければならない必須の条件だった。